大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

高松高等裁判所 昭和31年(ネ)44号 判決 1957年4月05日

控訴人 原告 清水産業株式会社

代表者取締役 清水潔

訴訟代理人 山中伝 外二名

被控訴人 被告 川越長次

訴訟代理人 西村寛 外一名

主文

(一)  原判決を取消す。

(二)  原裁判所が同庁昭和三〇年(ヨ)第一九号立木等仮処分申請事件につき昭和三〇年七月二六日附を以て高知県安芸郡馬路村馬路字長荒二、七五五番地の一二山林三町六反七畝歩地上の立木等に対して為した仮処分決定を認可する。

(三)  訴訟費用は第一審第二審共被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は主文第一、二項同旨並に被控訴人の申請を棄却する旨の判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は

控訴代理人において、

(一)  本件山林の地盤及び立木は共に控訴会社の所有である。

即ち、本件山林の地盤及び立木はもと馬路村村民二百二十八名の共有山林の一筆であつたが、その後共有分割により訴外乾兼石が本件山林の地盤及び立木を単独所有するに至つたのである。(尤も小数者に異議ありて登記未了)而して大正六年二月三日右訴外乾兼石の後見人乾金次が右山林及び立木を訴外清水栄次郎に売渡し、同年三月二七日控訴会社は会社設立と共に右清水栄次郎から右物件全部を譲受け夫々前者から、之れが引渡を受け控訴会社において占有管理して植林経営をして来たものである。然るにその後大正九年頃訴外乾兼石が本件山林内数ケ所に跨り新に植林しある杉立木二百四十本を盗伐したことを発見したので交渉の結果同訴外人より損害賠償として金百五十円を受取り、同時に同訴外人から本件山林の地盤及立木は亡乾金次が後見人として之を控訴会社等に売渡し、代金完済の上実地において引渡をなし控訴会社において所有占有するにつき異議なき旨の追認書を差入れしめて右事件を解決したことがある。

而して控訴会社において未だ所有権移転登記を経由せぬ間、訴外乾金熊は本訴物件の名義人なるを奇貨として不法にも右立木を訴外西山常猪に売渡し、同訴外人は更に之を訴外山本松琴に、右山本松琴は更に被控訴人に順次譲渡したと称するも右は全く仮装の譲渡行為であるから無効である。

(二)  仮りに右売買による所有権取得の事実が認められないとするも、控訴会社は前記の通り大正六年三月二七日以来所有の意思を以て約四十年間平穏公然に本件山林の地盤及立木を占有して植林経営をしており、人目に付き易き場所の立木の皮を削り会社の商標、社名巡視年月日巡視者名を各所に記入し且占有中は引続き明認方法を講じ居る。それ故に民法第一六二条により其の所有権を取得しておるのみならず、前示明認方法を以て第三者に対しても其の所有権取得を以て対抗するにつき間然するところはない。而して仮処分命令取消につき実体上の権利確実性は直ちに特別事情の存否を判定すべきものに非ずと雖も又以て重要なる資料たるを疑わず。

(三)  本訴物件は前記譲受により控訴会社の財産として造林台帳に登載せられ、大正七年以来地拵、新植、蔓伐、掃除等所謂手入事業を施行し、大正九年数ケ所に跨り新植を為し五十年間皆伐乱伐を避け優秀森林として培養に努め、併せて隣接土川部落農地の灌漑用水を涵養し治山治水を旨とし国土保全の一端に貢献せんとする計画植林にして、控訴会社は前示手入に多数の人夫を使役し多大の経費を投入し、又社員をして常時巡視をなさしめ、只管右目的の達成に専念し、昭和二七年度に更に十年間皆伐せずとの施業案を編成し高知県庁に提出し同庁に受理せられ居る現情にして、此の辛労と期待は到底金銭を以て賠償し得るものではない。

被控訴人は大東吉良川造船所の用材として使用する予定で本訴立木を買受けたと主張するけれども或は一部用材に使用することあらんも大部分は転売利殖の目的にて買受けたことは明かである。而して被控訴人の造船用材を買入れるに付いての差額並転売による利得と控訴会社の皆伐により蒙る損害とを比較すれば被控訴人の損害は遥かに少額であると謂わねばならぬ。

然らば被控訴人主張の如き事情は民事訴訟法第七五九条の特別事情に該当しないものと解する。

(四)  本訴物件の内立木の価額については被控訴人は訴外山本松琴から金三百三十万円で買受けたと主張し、而も目下立木の価額は高騰している現在においては少くとも金三百三十万円の価値あること明かである。

然るに原判決は被控訴人に保証として金四十万円を供託することを条件として控訴人の仮処分決定の取消を命じた。原判決に基き被控訴人が金四十万円を供託して本訴立木を皆伐せんか、控訴会社が本案訴訟で勝訴の判決を受けたるとき金三百三十万円より四十万円を差引いた残額二百九十万円の損害は如何にして保全せらるるや寔に危懼に堪えないものがある。或は被控訴人の資産により補償せらるべしと言わんも被控訴人には之を補償するに充分な資産はない様子である。

而も仮処分は権利の実質的保護を目的とし権利者をして出来うる限り多くの利益に均霑せしめる制度である。然るに叙上の如く本案勝訴するも其の損害を保全し得ないような判決は明かに仮処分制度の目的を根底より破壊するものと謂わねばならない。と述べ

被控訴代理人において

(一)  控訴人は大正六年二月三日訴外清水栄次郎が訴外乾兼石から本件山林の地盤及び立木を買受け、同年三月二七日控訴会社が会社設立と同時に之を右清水栄次郎から譲受けたと主張するけれども該事実を否認する。

控訴人は右買受けは訴外乾兼石の後見人乾金次が後見中になされたものであると主張するけれども控訴人主張の売買成立の日である大正六年二月三日当時には後見人は選任せられていなかつたものであり、又控訴人主張の如く右売買譲渡を追認した事実もない。仮りに右訴外人乾兼石との間に売買ありとするも本件山林の地盤及び立木は右訴外人を含む二百二十八名の共有物であつて、之を分割して右訴外人の単独所有に帰した事実はない。仮りに分割したとするも単独所有の登記がないから第三者たる被控訴人には対抗し得ない。それ故に右訴外人のみの売買により右清水栄次郎及び控訴会社は本件山林の地盤及び立木全部の所有権を取得するに由なし。

(二)  控訴人は仮りに売買に疑義ありとするも控訴人は民法第一六二条により本件山林及び立木の所有権を取得しているのみならず、立木には明認方法を施しているから第三者に対しても対抗し得る旨主張するけれども、本件土地につき売買に因る所有権取得の登記は勿論時効取得の登記も経ていないから被控訴人に対し、本件山林従つて亦立木の所有権取得を以て対抗し得ない。明認方法は立木のみの売買における対抗要件であつて、本件の如く地盤と共に立木を買受けた場合の対抗要件ではないから、この点も理由がない。

(三)  控訴人は本件山林は計画植林にして控訴会社は譲受以来地拵、新植、蔓伐、掃除に多大の人夫を使役し多大の経費を投入して云々、施業案も編成し、高知県に提出している云々と主張するけれども、かような手入をした事実はなく、又施業届は本案訴訟提起後、訴訟を有利に導くために作成提出したもので、高知県下には施業林は全く存在していない。

又本件山林は何等灌漑治水には必要でない。それ故県当局は本件山林立木の伐採届に対しても之を却下することなく受理して伐採を許容しているのであつて、控訴人主張の如く伐採不能の事情は存しない。

(四)  控訴人は被控訴人の資産が僅少であるので、若し勝訴しても補償が十分でない旨主張するけれども、補償の性質を誤解している。即ち保証金額が被保全物件の金額と同一でない事は明かである。保証金額は裁判所が職権で決定するのであるが、控訴人において保証金の額を以て本件仮処分の当否を云々するのは全く的外れの論である。加之被控訴人は吉良川造船所の社長であるが、造船ブームにより二、三百万円の融資は極めて容易である。尚本件立木の現在の価額は金二百万円である。と述べ、

たほか原判決事実摘示と同一であるからここに之を引用する。

疎明方法として控訴代理人は疎甲第一、二号証、第三、第四号証の各一、二、三、第五号証の一、二、第六号証乃至第九号証、第十号証の一、二、三、第十一号証乃至第十八号証、第十九号証の一乃至四、第二十号証の一、二、第二十一号証乃至第二十四号証を提出し原審証人松本愛多喜、同高村純、当審証人竹越万里の各証言を援用し疎乙第九号証は不知にして爾余の疎乙号各証の成立を認めると述べ、被控訴代理人は疎乙第一号証乃至第十号証を提出し原審証人仙頭工、同和田義治の各証言、原審における被控訴本人(第一、二回)の各供述を援用し疎甲第一、二号証、第四号証の二、第十一号証乃至第十七号証、第二十号証の一、二、第二十一号証の各成立を認め第十一号証を利益に援用し、爾余の疎甲号各証は不知にして第七号証は作成名義人乾兼石が控訴人より脅迫せられて作成したものであると述べた。

理由

(一)  控訴会社はさきに訴外乾金熊同西山常猪を相手方として原裁判所昭和二八年(ヨ)第二〇号事件として安芸郡馬路村馬路字長荒二、七五五番地の一二山林三町六反七畝歩(尤も公簿上三反二畝二十六歩であることは成立に争のない疎乙第七号証によつて認められる。以下単に本件山林と称する)其の他の山林につき立入禁止及び処分禁止等の仮処分決定(以下単に旧仮処分と称する)を得てその執行をしたところ、右訴外人両名が右仮処分に対し異議の申立をなし、右仮処分のうち本件山林(その地盤及び立木を含む)に関する部分は金四十万円の担保を供託することを条件として取消す旨の判決がなされたことは当事者間に争がない。而して成立に争のない疎乙第一号証乃至第四号証第十号証及び弁論の全趣旨によれば控訴会社は右判決に対して当裁判所に控訴申立をなしたので、その係属中右訴外乾金熊、同西山常猪が前示原裁判所のした仮執行宣言附仮処分取消判決に基きその執行を申請し、その結果昭和三〇年三月三一日本件山林の地盤及び立木に対する旧仮処分の執行が取消され、それに伴い本件山林の地盤及び立木についても立入禁止及び処分禁止の拘束が解除せられたこと、その後同年六月頃被控訴人等が本件立木の伐採を始めたため、控訴会社は被控訴人を相手方として昭和三〇年七月二五日原裁判所に対し同庁昭和三〇年(ヨ)第一九号立木等仮処分事件として右地上の立木及び伐倒木につき伐採搬出等処分禁止の仮処分申請をなし同年七月二六日其の旨の仮処分決定(本件仮処分と称する)を得てその執行をしたこと及び本件仮処分の被保全権利は控訴人の本件山林地上の立木及び伐倒木等に対する控訴人の所有権であることが認められる。

(1)  そこで先ず本件立木及び伐倒木の所有権の帰属について検討する。

(イ)  成立に争のない疎甲第一、二号証第四号証の二、第十一号証乃至第十四号証、第十六号証、第十七号証、当審証人竹越万里の証言により成立を認めうべき疎甲第九号証、第十八号証、弁論の全趣旨によりその成立を認めうべき疎甲第三号証の一、二、三、第四号証の一、第五号証の一、二、第六、七、八号証、第十号証の一、二、三と原審証人松本愛多喜、当審証人竹越万里の各証言を綜合すれば、本件山林の地盤及び立木は外十数筆の山林と共にもと馬路村村民二百二十八名の共有であつたが大正の初頃共有物分割の手続をとり訴外乾兼石の単独所有に帰したものであるが、同六年二月三日頃訴外清水栄次郎が右乾兼石の後見人たる乾金次から本件山林の地盤及び立木を右兼石又は金次所有の他の山林十五筆の地盤及び立木等と共に(尚同七年四月六日頃馬路村馬路字久保二、六七四番地の三三山林外一筆を訴外乾金次から買受けたもの)買受け、その引渡を受け、次いで同年三月二七日頃控訴会社は会社設立と同時に右清水栄次郎から右物件全部を譲受け何れもその引渡を受け、爾来右物件は控訴会社の財産として造林台帳に登載せられ、控訴会社は同七年以来地拵、新植、蔓伐、掃除等所謂手入事業を施業して之を占有管理して来たこと、その後昭和九年二月二二日頃訴外乾兼石は本件山林の地盤及び立木が亡乾金次の後見時代に前示清水栄次郎に売却引渡をしたものであり、現に控訴会社が之を占有しその所有権を有することにつき異議なく、之を承認したとの控訴人の主張事実を一応是認することができる。疎乙第五、第七、第十号証其の他によるも右認定を覆すには足らず、被控訴人は、訴外乾金次は右売買当時乾兼石の後見人に選任せられていたものではなく、又疎甲第七号証(追認書)は控訴会社の脅迫により作成されたものであつて訴外乾兼石が控訴人主張の如く右売買譲渡行為を追認した事実もないから控訴会社は所有権を取得し得ないものであり、却つて本件山林の立木は旧仮処分の取消が執行された後訴外西山常猪が之を訴外山本松琴に売渡してその引渡を了し、次で被控訴人が右山本松琴から昭和三〇年五月二四日該立木を買受けその引渡を受けてその所有権を取得した旨抗争するけれども被控訴人の疎明方法を以てしては前記追認書が控訴会社の脅迫により作成せられたものであることを認めるに足らず其の他前記認定を覆すには足りないから被控訴人主張前段の点は採用せず結局本件山林の地盤及び立木の所有権は被控訴人が自ら本件立木等の所有権を取得したと称する時より以前から既に控訴会社に帰属していたとの点につき疎明せられたものと認められる。それ故に亦被控訴人において該山林の立木等につき所有権を取得したとするも結局対抗問題たるに帰すべく、従つて特段の事情のない限り被控訴人主張後段の点も亦採用し難い。

(ロ)  次に被控訴人は本件立木を訴外西山常猪から訴外山本松琴を経て被控訴人が買受け夫々その引渡を受けた当時何れも所有権取得につき明認方法を施したのであるから所有権取得を以て何人にも対抗し得るものであり、殊に訴外清水栄次郎及び控訴会社等は共有山林の分割に依る単独所有の登記を経由していないため第三者たる被控訴人には所有権取得を以て対抗し得ないものであるから、本件仮処分は不当である旨主張し、控訴人は之を争うので検討する。

控訴会社等において本件山林の地盤及び立木につき単独所有権取得の登記を経由していないことは控訴人の自白するところであるけれども前記(イ)に認定の事実と前示疎甲第三号証の三、甲第十一号証乃至第十四号証、第十七号証乙第六号証によれば本件山林外十数筆の山林は馬路村村民二百二十八名の共有であつたが、大正の初頃協議による分割手続を終え本件山林は訴外乾兼石の単独所有として配当せられたのであるが、之等に関聯する所有権移転登記はその方法につき少数者の異議あるため未了のまま現在に至つていること及び控訴会社は前記認定の日時頃に(前記被控訴人が所有権を取得した上本件立木につき明認方法を施したと主張する日時より遥かに以前であることは明らかである)本件山林の地盤及び立木等の所有権を譲受けその引渡を受けて以来該立木等には人目に付き易い場所に立木の皮を削り会社の商標、社名、巡視年月日、巡視者名を各所に記入して占有中引続き明認方法を施して現在に及ぶことが認められ、之を覆すに足る証拠はない。してみると仮りに被控訴人が本件山林の立木等につきその主張の如く所有権を取得して之れが明認方法を施したとするも結局対抗問題として被控訴人が控訴会社の登記欠缺を主張するにつき正当の利益を有する第三者に該るか否かの点等によつて決せられるべきであるが、此等の点に至つては当事者双方のうち何れの疎明方法を以てしてもたやすく之を判定し難いところである。加之元来緊急性の要請をもち、且その故にこそ疎明に代えるに相当な保証金を以てしても権利保全の目的を達すべき保全処分制度の趣旨に鑑みれば本件における右の如き事実関係の如きはむしろ本案訴訟の審理において終局的に判断するを相当とする。而して本件山林の立木等の価額は後記認定の如く金二百万円を超えるに対し本件仮処分決定において債権者たる控訴会社に対して命ぜられた保証金が金四十万円であることは本件添付記録によつて明らかであるところ、本件諸般の事情を参酌すれば右保証金は本件仮処分をなすにつき相当金額であると認められる。以上の次第であるから本件仮処分はこの点においても何等の不当はないものと認められるので結局被控訴人のこの点に関する主張は採用し難い。

(2)  本件仮処分の必要性について。

被控訴人が本件山林立木の伐採搬出に着手し既に一部伐採したこと前認定の通りであるから控訴人よりその所有権保全のため之れが伐採、搬出等処分禁止の仮処分を求める必要性も亦存するものと認められる。

(二)  次に被控訴人主張の特別事情の有無につき判断する。

原審証人和田義治、同証人仙頭工の各証言及び原審における被控訴本人(第一、二回)の各供述によれば被控訴人は本件山林の立木を訴外山本松琴から代金三百三十万円で買受け、一部は之を他に転売するためなるも、大部分は自己が専務取締役をしている大東吉良川造船所の造船用材に使用する目的であることが認められる。

然れ共弁論の全趣旨によりその成立を認めうべき疎甲第二二、第二三、第二四号証、第十八号証、前示疎甲第九号証、第十三号証、第十六号証、第十七号証と前示証人竹越万里、原審証人松本愛多喜、同高村純の各証言に前記(一)(1) (イ)において認定せる事実を綜合すれば、本件山林は前示其の他の山林十数筆と共に大正六、七年中控訴会社が譲受け引渡を受けて以来、控訴会社の造林台帳に登載せられ、控訴会社は之等の山林に対し地拵、新植、蔓伐、掃除等所謂手入事業を施業し、数十年間皆伐乱伐を避け優秀森林として培養に努め併せて隣接部落農地の灌漑用水を涵養し、治山治水をも考慮して国土保全の一端に貢献せんとする計画植林を造成しているもので、控訴会社は前示手入に多数の人夫を使役し多大の経費を投入し、又社員をして常時巡視をなさしめ、只管右目的の達成に専念していること、昭和二七年度に更に十年間皆伐せずとの施業案を編成して高知県庁に提出し、受理せられていること及び本件山林の立木等は杉桧約千六百石、松樅等約七百石ありてその価額も金二百万円を超えるものであることを認めるに足る。

被控訴人は控訴人主張の施業届は控訴人が本案提起後訴訟を有利に導くために之を作成提出したもので、高知県下には施業林は全く存しない。又本件山林は何等灌漑治水には必要はない。それ故県当局は本件山林立木の伐採届を受理して伐採を許可しているので、控訴人主張の伐採不能の事情はない旨抗争するけれども被控訴人の疎明方法を以ては伐採許可の点を除き被控訴人の該主張事実は認め難く、又仮りに本件山林立木の伐採が許可されているとしてもその一事を以ては前記認定の妨げとはならずその他被控訴人の疎明を以てしては前記認定を覆すには足りない。

叙上の事実関係より判断するに本件山林の立木は被控訴人においては伐採して造船用材其の他一部転売の目的で之を買受けたものであるけれども、控訴人が本件仮処分により保全せんとする権利は自己が計画植林の一部を構成せる本件山林立木其のものの所有権等であつて、その目的は既に伐採することを前提として売買の対象となつている立木等に対する権利保全とは経済上も法律上もその性質を異にするものというべく、かような立木等に対する仮処分においては特段の事情のない限り金銭的補償を以ては仮処分終局の目的を達し得られないものと認めるのが相当である。

被控訴人は本件仮処分執行のため事業を中止するの已むなきに至りすでに伐採のため山小屋の設置その他の準備をなし、一部の伐採をしており、さらにこの木材は前記の如く造船用材に使用する予定であつたので、今これを中止すると莫大な損害を蒙るのみならず、木材は価格の変動の著しいものであるから不測の損害を蒙る恐れがある旨主張し、本件仮処分の執行により被控訴人は造船用材の用に支障を来し或いは又木材価額の変動等により相当な損害を蒙ることあるべきは想像に難くないところであるけれども、他面控訴会社側においても本件仮処分取消の結果立木を伐採搬出せられるにおいては本件山林の面積、立木の数量、価額、今後の成長率等諸般の事情から判断して控訴会社の計画植林の事業に相当の支障を来すのみならず、早期伐採により経済上も相当の利益を喪失する結果となることも亦想像に難くない。そこで被控訴人の疎明方法を以ては之等の事情を考合して被控訴人側において比較的に莫大な損失を蒙るものとは認め難い。其の他被控訴人の主張立証によるも前記認定を覆して本件において特に金銭的補償を以て足るとなす特別事情あることを認めるには足りない。

よつて被控訴人の特別事情ありとの主張は採用し難い。

叙上説示により結局控訴人の本件仮処分申請は正当にしてさきに原裁判所がなした本件仮処分決定は之を認可するを相当とする。控訴人は右仮処分認可と同時に被控訴人の申請を棄却するとの判決を求めているけれども本件において被控訴人は仮処分異議の事由として民事訴訟法第七五九条の特別事情による仮処分の取消を求めていることは弁論の全趣旨により明かであるから控訴人において既に右仮処分の認可を求める以上は特に被控訴人の申請棄却を求めるのは無意味であり、従つて右仮処分を認可する以上主文において特に右申請棄却の言渡をする必要がない。結局右と反対の結論に出た原判決は失当にして本件控訴は理由あり、よつて原判決を取消し本件仮処分を認可することとし民事訴訟法第三八六条第八九条第九六条を適用して主文のように判決する。

(裁判長判事 石丸友二郎 判事 浮田茂男 判事 橘盛行)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例